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白馬・大町パワースポット巡り

姫川の「姫」は古代・高志国の奴奈川姫に由来する

白馬を源とする一級河川の姫川の「姫」も古代に高志国(越国=現在の福井県から新潟県にかけての日本海側一帯)を治めた沼河比売(奴奈川姫)に由来する。白馬から大町へと開運パワースポットを巡ろう。

先人はアルプスを畏怖の気持ちで見上げた!

白馬岳を源とする松川。この松川に架かる白馬大橋から春から初夏に白馬三山を眺めると、白馬の地名の由来になった「代掻き馬」などの雪形を視認することができる。昔は、田植の前に水田に水を入れて土塊を砕く「代掻き」と呼ばれる作業に馬を使い代掻き馬と呼ばれていた。ちょうど田んぼの代掻き時期に白馬岳に雪形が現れるので地元農民は作業の合図にしていたのだ。その代掻き馬を「代馬」(しろうま)と呼んだのが、白馬という地名の由来。白馬・安曇野の人々はアルプスを畏怖の気持ちで見上げ、古代にこの地を開拓した先人を祀ってきた。白馬を源とする一級河川の姫川の「姫」も古代に高志国(越国=現在の福井県から新潟県にかけての日本海側一帯)を治めた沼河比売(奴奈川姫)に由来する。八方にある霜降宮細野諏訪神社を起点に、三日市場の神明宮、大町市の仁科神明宮、そして大町にある謎のストーンサークルとアルプス山麓のパワースポットを巡る。

白馬にもあった諏訪神社! 実はこちらがルーツかも・・・

諏訪神社というと御柱祭で名高い諏訪湖周辺の諏訪大社が有名。実は、『古事記』には出雲国(島根県)の大国主命(おおくにぬしのみこと)が高志国の沼河比売(ぬなかわひめ)に求愛したことが記されている。糸魚川市に残る伝承では、2神の間に生まれた子神が建御名方命(たけみなかたのみこと)で、姫川を溯って諏訪の地に入り、諏訪神社の祭神になったとされている。白馬にも雨降宮嶺方諏訪神社、霧降宮切久保諏訪神社と八方の霜降宮細野諏訪神社の雨、霧、霜という水にまつわる3社の諏訪神社が鎮座している。八方の霜降宮細野諏訪神社境内には縄文人の竪穴住居跡もあり、古代から拓けた地だということがわかる。三日市場も古墳や中世の山城(この地を治めた沢渡氏の居城)のある地だが、神明宮は、白鳳時代に勧請されたとも伝わる古社。室町時代築の本殿と諏訪社は国の重要文化財に指定されている。霜降宮とともに鬱蒼と茂る鎮守の森も清々しい。

日本最古の神明造の本殿は国宝!

神明宮は、天照大神を主祭神とし、伊勢神宮内宮を総本社とする神社。三日市場の神明宮から塩の道・千国街道を南に下る。大町市街から東山の裾を走る県道51号大町明科線に入る。千国街道沿いの県道を少し走れば仁科神明宮に着く。社伝では仁科氏の祖である仁品王がこの地に降臨し、氏神である天照大神を祭神とした神社を創建したという。その後、一帯は仁科御厨(みくりや)と呼ばれる伊勢神宮の荘園となった。伊勢の皇大神宮にならって20年ごとに式年遷宮も齋行される。日本最古の神明造の本殿はなんと国宝だ。
大町市の仁科神明宮から大町温泉郷を抜け立山黒部アルペンルートの長野県側の玄関口・扇沢方面へと車を走らせる。日向山高原の手前の田園地帯に関東甲信越では珍しいストーンサークルがある。これが上原(わっぱら)遺跡。2基の環状列石が復元されており、縄文人の祈りの場所だったであろうと推測できる。
時間が許せば安曇野を南下し、穂高神社へ。上高地に奥宮の鎮座する穂高神社は、北九州を拠点とした古代の海人族の祖神、穂高見命が祭神。後裔(こうえい)である安曇氏が安曇野を開拓したという伝承がある。諏訪神社の祭神・建御名方命の妃は、八坂刀売命だが、穂高見命の妹という説もあって、まさに古代の信州の勢力図を暗示している。

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